柳澤ゆり子『和のある暮らしを楽しむ』

柳澤ゆり子『和のある暮らしを楽しむ』


vol.8《 線香花火の東西を楽しむ 》
〜線香花火で夏(夏休み)を締めくくりましょう〜


はじめに
 体温を超える様な暑さが続く今年の夏ではありますが、二十四節気の立秋を迎え暦の上では秋となりました。朝夕は少し涼しくなり秋の気配を感じる頃とされておりますが、どうでしょう。暑い暑いと下ばかり見つめてしまいがちですが、空を見上げてみると少しずつではありますが、空から、雲から、季節の移り変わりを感じることができるものです。 さて、夏の空と言って多くの方が思い浮かべるのは花火だと思います。夏の夜空に大輪の花を咲かせる大きな打ち上げ花火は、後から追いかけてやってくる、お腹にドーンと響く音がまたたまらないものです。そんな華やかな打ち上げ花火ももちろん良いのですが、みんなで輪になり心静かに眺める線香花火も良いものですよね。夏(お子さんにとっては夏休み)の終わりに、散りゆく儚さを愛でる線香花火は何とも日本人らしい美学の詰まった風物詩だと思うのです。

花火の始まり
 江戸時代、大飢饉とコレラの大流行による死者の霊をなだめ悪病退散祈願の為に、8代将軍徳川吉宗が隅田川で水神祭を行い、その際に両国橋周辺の料理屋が許可を得て花火を打ち上げたのが「両国の川開き(隅田川花火大会の古称)」のルーツだそうです(隅田川花火大会公式HP参照)。 14世紀、イタリアのフィレンツェに始まったとされる観賞用の花火はその後ヨーロッパ中へ、そして大航海時代とともに世界中へと広がりました。日本で初めて花火を見たのは徳川家康とも伊達正宗とも言われていますが、当時の花火は筒から火の粉が吹き出す程度のものであったそうです。

線香花火〜東西〜
 昔から変わらぬ懐かしい線香花火、実は東と西で形状が違う事を御存知でしたか?お餅の形状、お味噌の色、桜餅の違いなど東西での違いは調べれば調べる程楽しいのですが、西の線香花火は、関東で生まれ育った私には大変衝撃的なものでした。 線香花火とは、スボ(藁スボ 稲藁の中心の固い芯のこと)の先に火薬を付け、それを香炉に立てて 火を付けて遊んだことが始まりといわれており、香炉や火鉢に立てた花火の様子が仏壇に供えた線香と 似ていた為この名がついたと言われています(筒井時正玩具花火製作所HP参照)。


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★東の線香花火は「長手牡丹」と呼ばれます。紙すきが盛んな関東地方ではワラの代わりに火薬を紙で包んだのだとか。下向きに持ち楽しむのが一般的です。

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★西の線香花火は発祥当初から300年変わらない線香花火の原形で「スボ手牡丹」と呼ばれています。 関西地方では稲作が盛んだったのでワラが豊富にあった為このスタイルが保たれたようです。45度位の角度で他の手持ち花火の様に楽しむのが一般的です。

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※花火の下に敷いたのは、乱菊模様の浴衣です。乱菊(らんぎく)とは、菊の花びらを長く乱れ咲いたように表した模様なのですが遠目には花火の様に見える事もあり花火大会の際にはよく着用しています



終わりに
 私が子供の頃には、夏休みといえば祖父母の家に従兄弟たちが集まって皆でスイカやトウモロコシをかじり、夜になればワイワイと花火をして蚊帳の中で寝る、そんなシーンが懐かしく思い出されます。花火をする為のお庭がない、マンションのベランダではできないし、公園や海も花火禁止と張り紙がされている。何かと花火をするにも気を使う昨今ではありますが、田舎に帰省した際や郊外にお出掛けの際など、または公園や海も完全禁止ではなく時間やルールを守ればOKな場所もあるようですので、音も煙も少なく周りにご迷惑をかける事の少ない「線香花火」を少しだけうんちくを語りながら、夏の終わりに楽しんでみませんか。


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◎ P R O F I L E 

yanagisawa_pro.jpg歳時記・和菓子研究家 柳澤ゆり子

パリへ行く!と思い立ち仕事を辞めて渡仏。自国の文化を学ぶ必要を強く感じ、帰国後は着物・煎茶道・和菓子・折形・風呂敷・金継などを学ぶ。ほんの一滴、和のエッセンスを加える事で潤う日々の暮らし。花・茶・和菓子といった身近なアイテムを取り入れることで、四季を感じる暮らしをもっと楽しんでいただけたら、そんな想いで地元鎌倉を中心に活動中。モットーは「美味しく楽しく美しく」。

季節の和菓子と日本茶を楽しむ会・風呂敷塾を主宰。
京都造形芸大(通信)和の伝統文化コース卒業/日本茶アドバイザー/風呂敷愛好家

更新日:2018年8月1日(水)

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