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【コラム 第4回】「兼高かおる」というスーパーレディ

【 第4回 】着物、ワンピース、世界の民族衣裳
兼高かおる 旅するエレガンスファッション

コラム_「兼高かおる」というスーパーレディ_レディ東京

フォトブック バチカン市国、サン・ピエトロ大聖堂にて 1963年4月

♦︎兼高かおるを生んだ時代

兼高かおるという人物の魅力のひとつは、なんといってもその上品さだと思います。ビックリするような冒険をしていながら番組で解説をする言葉がエレガントなことは、彼女の人柄を印象づける大きな要素でした。今改めて映像を見ると、戦後日本人が失ってしまった美しさが兼高さんの中に集約されている気がします。彼女はさまざまな言葉を遺していますが、その中に「どこへ行くにもマナーが大切」「日本人としてのマナー、お辞儀、笑顔、所作を身につけること」というものがあります。教養のひとつとして伝統的なマナーを身に付けておくとアイデンティティになるという考えです。「たとえばお茶を飲むとき、両手を添えるだけでも、相手の興味を引きますでしょう。礼儀作法は宝なのです」

戦前の教育を受けた人は何かが違うと以前から感じていますが、兼高さんの品格の理由もそこにあるような気がします。もちろん、生まれ育ちの良さということもあったでしょうが、どんなにお転婆をしても気品が漂っていたのは、マナーの良さ故なのではないでしょうか。兼高さんが行く先々でぶっつけ本番の取材ができたのは、彼女の美貌と笑顔、そして礼儀正しく気品ある振る舞いがあったからです。その佇まいが相手の心を動かし、対等な相手として認められたのです。美しい佇まいには普遍的な価値があります。私たちも見習わなくてはと背筋が伸びる思いがします。

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フォトブック フランス、パリ。セーヌ川のほとりにて。

♦︎動きやすいからワンピースを着ているだけ

兼高さんは取材する立場であると同時に、見られる立場でもあります。そのため、海外に行くときは日本人の代表であり、日本女性の代表であることを強く意識していたといいます。どんな場所でも女性らしさを忘れなかった彼女は、砂漠でも秘境でもワンピースを着ていました。それがまたいいのです。彼女自身はこれについて、「動きやすいから着ているだけ」と語っていますが、ジーンズが1番動きやすいと思っている私はその発言にまた驚かされるのです。
彼女はまたよく着物を着て取材をしていました。初めての取材はローマでした。そのとき、「日本人だと分かるように着物を着るように」と言われ、着物姿で飛行機のタラップを降りると、本当にどこへ行ってもとても丁寧に扱われ、それからなるべく着物を着るようにしていたそうです。私たちも海外へ行ったら、きちんとしたレストランでのディナーの時くらいは着物を着るといいと思います。

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フォトブック 「兼高かおる 世界の旅」初取材の航空券の束を手に


♦︎洋服は現地調達、取材が終わるとあげてしまう

昔は今のように既製服が多くなかったので、アジア、ヨーロッパに取材に行くときは、経由地の香港で服を作っていたそうです。作る服は、ファッションにはさほど拘らず、パッと着られて夜洗っても朝には乾く生地を選び、番組がカラーになってからは色の映える服を選ぶようになりました。服や着物、水着は、すべて番組ごとに新調していたそうです。同じ服を2度着なかったのは、「この服を着ていたのは◯◯の国」とすぐわかるからでした。撮影が終わると現地の人にあげしまうこともしばしば。「村へ行って、向こうも珍しい人間が来たと思って見にくる。私が白とピンクの入ったお洋服を来ているとアフリカのサンシャインに映えるでしょ? その時に私が脱いで着替えて、おばあちゃんにあげたりするわけ。そうすると、おばあちゃんも喜ぶし、村中喜ぶので撮影しやすくなるんですよね」。そんな風なので、番組出演のための服代には随分と散財したそうです。実用性重視と本人は言っていますが、とはいえどの服もハイセンスで今見ても素敵。そんな彼女のファッションセンスも視聴者の憧れの理由だったと思います。

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フォトブック ベナンにて。弓矢の技を伝授される。1969年1月

♦︎訪問先の民族衣装を着ると、喜ばれたりガッカリされたり

世界には、それぞれのお国柄を表したさまざまな衣裳があります。兼高さんもいろいろな衣裳を纏いましたが、世界の民族衣裳の中で好きなのは、色も柄も豊富なインドのサリーと中国服だったといいます。兼高さんが民族衣裳を着ると現地の人たちは喜んで、親しくなれるというメリットがありました。私たちも外国人が着物を着ると嬉しいですから、何処も同じなのですね。ところが、一度ガッカリされたことがありました。パキスタンで、あるお金持ちの新婚夫婦の家に招待された時のこと。サリーを着て入って行ったら、彼女を見た一同がシーンと黙ってしまったのです。何か無礼なことをしてしまったのかと一瞬ドキリとしましたが、そうではありませんでした。日本人がどんな衣装でやって来るのかみんな楽しみにしていたのに、入ってきたのがサリーを着た兼高さん。それがあまりにも似合っていたために、日本人ではない人が来たと思われたのです。あのエキゾチックな顔立ちでサリーを身につけたら、現地の人と間違われても仕方ありませんね。
兼高さんは現地の人たちの懐に入り込み、スムーズに取材するために民族衣裳を身に着けたわけですが、衣裳を纏っている彼女の表情を見ていると、その目的以上にご本人が楽しんでいたのではないかと想像できるのです。
(つづく)

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(左上)フォトブック シリア、ダマスカスの畦無宮殿中庭で民族衣装を纏う 1960年4月
(左下)フォトブック 世界一周早周りで73時間の新記録を樹立して羽田空港に帰国デンマークの衣裳を着て 1958年7月
(右)フォトブック 中国、青海省のモンゴル系少数民族の村にて 1986年7月

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更新日:2024年7月3日(水)